高倉健と女子大生

CINEMA

(C)1977松竹株式会社

18歳女子の本棚に。

90年代、僕がまだ美大生だったころ、
予備校が一緒だった1つ下のとてもかわいい女子の後輩が
同じ大学に入学してきた。

久々の再会だったので、誘われるがままに、
引っ越してきたばかりの彼女のアパートに遊びに行った。
雑談しながら、その子の本棚を眺めていると
高倉健の写真集があった・・・。

「え!?」
なんでお前こんな本持ってるの?
しかも、わざわざ持ってきてるって・・・。

僕が笑いながら、
そう突っ込むと、彼女は少しふくれながら
「好きなんだから、別にいいじゃん」という。

高校を卒業したばかりの女子が「高倉健」が好きって・・・。
根掘り葉掘り聞いてみると、
どうやら父親の影響で「高倉健」が好きになったらしい。

それが、
僕が「高倉健」を意識した最初でした。

それからしばらくすると、
テレビで「幸せの黄色いハンカチ」を放送していた。

今頃「幸せの黄色いハンカチ」なんてよく放送するなぁ・・・。と思いつつ
高倉健の作品なんて、今まで1つも見たことないし、
せっかくだから、
大御所「高倉健」がどれほどのもんか、ちょっと見てやろうと思って
「幸せの黄色いハンカチ」を見てみることにしました。

食堂でビールを飲むシーン

ボストンバックひとつ、
網走刑務所から出所してきた高倉健が
ふらっと食堂に立ち寄る。

店に入ると、とりあえずビールをたのみ
席について、腕組みをして
じっーと、カウンターの上に貼られたメニューをにらむ。

瓶ビールとコップが運ばれてきて
そのおばちゃんに、
やや緊張した面持ちで注文をする。
「醤油ラーメンとカツ丼ください。」

目の前に置かれたビールが入ったコップを
ゆっくり両手で掴む。
そのまましばし静止し、
意を決したように、
顔をコップに近づけ一気に飲み干す。
コップを下ろし、「うぐっ」と呼吸する。

このシーン一発でやられました・・・。

現実よりリアルだった。

ちょうどこの頃、話題だった猿岩石(有吉弘行と相方)が
ユーラシア大陸横断のヒッチハイクをゴールした時期で
猿岩石の二人がゴール地点に用意された豪華な食事を前にして
久しぶりにまともな食事にむしゃぶりつく様子を見たばかりでした。

後々このヒッチハイクは、途中危険な場所をさけるため
飛行機に乗ったとかなんとかって話もあったけど、

猿岩石の二人がしばらくの間、
食うや食わずの厳しい生活を送ったことに違いないと思う。
その二人が実際に久しぶりにまともな食事する姿より、
健さんの演技の方により鬼気迫るものを感じたのでした。

この日から、
僕にとって「高倉健」は「健さん」になりました。

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